青年法律家協会岡山支部
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 貧困と孤立と生活保護と(2015.6.26 藤井 嘉子会員)

 

1 はじめに
  前回、コラムで相対的貧困率のお話をしました。
  今回は、日本での「貧困」の現状がどのようなものか、2つの事件を元にお話します。

 

2 銚子市での事件と札幌市の事件
 (1)千葉県銚子市の事件
 平成26年9月24日、千葉県銚子市で、40代のお母さんが13歳の娘の首を絞めて殺害したという事件がありました。このお母さんは、公営住宅の賃料が払えなくて明け渡しを迫られ、執行の日(明け渡しを実際に迫られる日)、娘さんを殺害しました。このお母さんは、パートで働いていたものの収入が不足しており、娘さんの制服を用意するのに困ってヤミ金からお金を借りる等していたようです。生活保護を受けようと福祉事務所に行ったこともあるそうですが、福祉事務所からは「働いているから」と断られてしまっていました。
 (2)札幌市白石区の事件
 平成24年1月には、札幌市白石区で、40代の姉妹が亡くなっているのが見つかったという事件もありました。妹さんには知的障害があり、姉妹で支え合って生活していたようです。しかし、お姉さんが仕事を失い、就職活動をするもののなかなか仕事が決まりませんでした。お姉さんは、妹さんの障害年金(月額6万5000円程度)で家賃や光熱費を払っていましたが、2人の生活費には足りません。お姉さんは、生活保護を受給しようと思って福祉事務所を3回も訪れていたそうです。しかし、福祉事務所は、食べるものにも困っているという事情を聞いたにも関わらず、「住んでいる家の家賃が高いから生活保護を受けられない」「懸命な求職活動をしなさい」と追い返してしまいました。福祉事務所の職員はお姉さんが2回目に訪れた時にはカンパンを渡したそうですから、この姉妹が食べるものもない状況だったと気づいていたはずなのですが。
 平成23年12月ころ、お姉さんは、心労がたたったのかマンション内で脳内出血を起こして倒れ、意識を失ったようです。お姉さんは、治療を受けることもできずに倒れたまま亡くなりました。妹さんも、お姉さんが亡くなってから、食事をとることもできず真冬の北海道で暖房をたくこともできず凍死してしまいました。
 解剖の結果、お姉さんが亡くなったのは、平成23年12月中頃、妹さんが亡くなったのは平成24年1月中頃だったとの事でした。

 

3 二つの事件から見える「貧困」と生活保護
(1)2つの事件と生活保護
 札幌の姉妹は、お姉さんの失職から、あっという間に「貧困」に陥り、孤立し、死亡してしまいました。
 銚子市のお母さんは、住居を確保することができずに、もっともやってはいけないことをやってしまいました。
 この2つの事件に共通することは、「生活保護を受けることができていれば、誰も死なずにすんだはず」という事です。
(2)生活保護の実態
 では、生活保護とは何なのでしょうか。
 2つの事件の当事者の方は、福祉事務所を訪れて生活保護を受けようというアクションを起こしていました。それなのに、なぜ、生活保護の受給に至らなかったのでしょうか。
 日本には、「生活保護法」という法律があり、資産や能力を活用してもどうにもできない困窮している人であれば、日本国民誰でも生活保護を受給することができます。例えば、就職活動をしてもなかなか就職が決まらない、失業給付ももらえない、貯金も尽きたといった状況であれば、「資産や能力を活用してもどうにもなっていない」のですから、生活保護を受けることができます。めいっぱい働いても収入が少ないという場合にも、生活保護で「足らず」を受けとることは可能です。また、「土地はあるけど現金がない」というような状況では、「資産」はあるにしても土地は1日2日では現金化できませんから、生活保護を受給しながら売却手続をすることも可能です(売却代金が手元に入った際に、いわば「精算」を行います)。
 先に紹介した2つの事件の当事者の方は、仕事が見つからないといった事情の中で、食べるものもない、娘の制服代もないという程に困窮していたのですから、生活保護を受給できる要件(資産や能力を活用してもどうにもならず、困窮していること)を満たしています。
 ですから、本来は、生活保護を受給できるはずでした。
 ところが、実際には、生活保護の申請窓口である福祉事務所では、『水際作戦』といって、「生活保護を受けたい」という人が来た時に、「働いているから駄目ですよ」「住んでいる家の家賃が高いから駄目ですよ」など、生活保護法に定められていない理由を付けて、そもそも生活保護申請自体をさせないという運用がなされていることが多々あります。
 法律に書いていない理由をつけて、生活保護を受ける要件を満たしているのに満たしていないかのように誤信させ、申請自体をさせないやり方は、本当はやってはいけない事なのですが、生活保護に予算がつかない、生活保護費を抑制したいという国の姿勢が、このような『水際作戦』を生んでいます。
(3)生活保護と生存権
 繰り返しになりますが、生活保護法は、本来、資産や能力を活用してもどうにもならない、困窮している、という人であれば誰でも受けられる制度です。そして、生活保護を受給するのは、私達の「人権」であり、決して恥ずかしい事でもなければ、世間様に頭を下げなければならない事でもありません。
 ここでは、「生活保護」が人権であるという事について少し説明します。
 生活保護法は、憲法25条で保障されている「生存権」という人権を守るため、戦後になって作られました。
 日本国憲法25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書いてあります(余談ですが、この憲法25条の規定は、GHQの憲法草案とは違っていて、日本の議会が入れた規定です)。
 これは、「国民は、『健康で文化的な最低限度の生活を営めない』時には、それを実現できるようにしてくれ、と国に言うことができる、人間が『人間らしい』生活を送ることができる権利というのは、その人が『人間だから』という理由のみで当然に持っている人権なのだ」という考えに基づきます。日本国憲法そのものが、「個人は、『個人である』というそれだけで尊重に値する」という価値観に基づいており、生存権もその1つの顕れなのです。
 ここでは、「健康」だけでなく「文化的」という言葉が入っていることに着目してください。何をもって「文化的」というかは議論がありえますが、憲法で保障されている「生存権」というのは、「ごはん食べられればいいでしょ」というレベルの生活ではなく、健康な食生活ができて、例えば本を読んだり音楽を聴いたりすることができる生活です。つまり、「生存権」が実現されている状況というのは、人間が人間らしく、「自分には価値がある」と胸をはって信じられるような生活が送れている状況です。
 生活保護法は、この、「生存権」、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を実現するための法律です。
 だからこそ、資産や能力を活用してもどうにもならない、困窮している、という状況であれば誰でも生活保護を受けられるという規定ぶりになっているのです。
 ですから、先ほど説明した『水際作戦』-法律に書いていないことを理由にして、そもそも生活保護の申請をさせずに返してしまうこと-は、生活保護法にも違反しますし、憲法25条が定める生存権の侵害でもあります。
 もし、今このコラムを読んでいるあなたが生活に困ってどうにもならなくなったら、生活保護の申請に行って下さい。
 もし「駄目ですよ」と断られても、「申請だけはさせてください、要件を満たさないのであれば、申請を受けてから、却下すればいいじゃないですか。」と頑張ってください。自分ではなかなか難しい場合には、専門家を頼って下さい。全国に、生活保護支援ネットワークなど、生活保護の申請を支援している団体がありますので、ぜひ問い合わせをしてみてください。

 

4 貧困と孤立の問題
 福祉事務所に行ったのに生活保護申請を受けてくれない、というのは福祉事務所側の問題ですが、この2つの事件には、私は、もう一つ共通点があるのではないかと思っています。
 それは、「社会資源がないこと、孤立していること」です。
 もし、この姉妹に、このお母さんに、「生活保護は受けられるよ、一緒に申請いこうよ」と声をかけられていれば、生活保護を受けられたのではないか。誰かに窮状を相談できていれば、専門家につながったのではないか、と思います。
 この2つの事件の姉妹やお母さんは、それができませんでした。相談できる「つながり」、社会資源がなく、「孤立」してしまっていたのです。
 お金がなくても、それに代わるもの-ごはんを食べさせてくれる家族だったり、助けてくれる知人だったり、行政サービスを教えてくれる人だったり、行政サービスそのものだったり-といった社会とのつながりがあれば、貧乏からは抜け出す、あるいは貧乏なりにそれなりの生活を送ることはおそらく可能です。
 例えば、学生さんは収入が少なくてもなんとか貧乏生活を送っている場合がありますが、それは、困ったら親や友人に相談できるという「つながり」があって孤立していないから、あるいは、若さや身分が安定していることからアルバイト等が比較的容易であったり「学割」等の学生向けの社会的なサービスがあったり、学校からのある程度の支援を受け得たりする、そういう見えない「社会資源」につながっているからといった事情によります。
 お金がないだけでなく、こうした社会資源がなく、孤立してしまった状態が「貧困」です。

 

5 何が必要か
(1)生活保護制度の改善・運用の改善
 「貧困」の問題を解決するには、1つには、生活保護を、要件を満たす人が確実に受けられる制度・運用にすること、それによって「差し迫ってお金がない」事態を避けることが必要です。生活保護を受けることは恥ずかしいことでもなんでもありません。先ほど書いた通り、生活保護を受けることができるのは、私達が「人間だから」、それだけで十分なのです。私達は「個人」だから生存権を保障されています。だから、困窮したら生活保護を受けることができるのです。
 「水際作戦」をなくしていく必要がありますし、もっと言えば、「生活保護には予算をつけなきゃいけないんだ」と国民が意識を持ち、国家に対してそれを要請していくことが必要です。生活保護を担当する窓口に福祉の専門家を置いたり、人数を増やしたりして、福祉事務所が「貧困」からの立ち直りを支援できるような仕組みを作っていく必要があります。
(2)「つながり」支援
 また、もう1つには、「孤立」「社会資源のなさ」を解決することが必要です。生活保護を受けられるようになっても、それだけでは仕事がなかなか見つからなかったり、育児に行き詰まってしまったりすることがあります。生活保護だけではなくて、「ちょっと独力ではしんどい、でも助けてって言える人がいない」という人に対して、例えば家計をどう管理すればうまくいくか一緒に考えたり、子どもの学習を手伝ってもらったり、仕事探しの応援をしてもらったり、という事ができれば、「つながり」を回復し、孤立をなくしていくことができます。
 平成27年度から、「生活困窮者自立支援法」にもとづき、「生活困窮者自立支援事業」が正式にスタートしました。この事業は、まさに、仕事探しの応援、子どもの学習の手伝い、家計管理の手伝い等の相談に応じていく事業です。
 この事業は、すでに全国の自治体で始まっています。この事業が、全国でうまく運用されて、あらたな社会資源となり、一人でも多くの人の「孤立」がなくなれば、そのために役に立てれば、と思っています。

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【事務局】

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 事務局長 弁護士 岡邑 祐樹

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