残業代ゼロ法案について【続報】(2015.8.25 岡邑 祐樹会員)
1 「残業代ゼロ法案」閣議決定
2015年4月3日に「残業代ゼロ法案」を盛り込んだ労働基準法改正案が閣議決定されました。すでに別のコラムでも書いたように,この法案をごく簡単に言うと,一定の条件を満たせば,時間外労働をしても割増賃金を支払わなくても良い,というものです。
今年の7月29日に,政府は,この「残業代ゼロ法案」を盛り込んだ労働基準法改正案の今国会での成立を断念しました。
政府は,法案につき様々な問題点が浮き彫りとなった以上,今年の成立は無理と判断したのでしょう。しかしながら,政府は来年の国会での成立を狙うでしょうから,まだ油断はできません。
2 「残業代ゼロ法案」の内容
労働基準法改正案の骨子案報告書の該当部分によりますと,「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した新たな労働時間制度の選択肢として、特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)を設けることが適当。」としています。
その要件として①一定の年収要件を満たしていること,②職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象とすること,③長時間労働を防止するための措置を講じること,などを必要とするとのことです。
以下,問題点についてみていきましょう。
3 法案は成果主義でも何でもないこと
骨子案報告書には,給与は成果によるということについて具体的に何一つ書かれていません。たしかに,法案の目的の部分で「成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え」などと耳ざわりのよい表現がありますが,具体的にどのように成果主義がとられるかについて,骨子案報告書は何ら触れていません。規定するのは,「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外」することと,そのための条件です。
これでは,結局のところ,使用者にとって,残業させ放題,割増賃金不要の非常に使いやすい労働者を生む出すものに他なりません。インターネット上のブラックジョークで「(問)月々一定料金を支払えば使い放題なものは何か(答)正社員」というものがありましたが,法案はまさにこのジョークを地でいくものです。
4 超過労働を防ぐための対策はほとんど無意味なこと
骨子案報告書には,超過労働を防ぐため,制度を利用するための要件や実施後のアフターケアで一定の対策について書かれています。しかしながら,これらは,ほとんど無意味です。以下,箇条書きで見ていきましょう。
① 一定の収入(たとえば年収1075万円以上)の人に限られますよ
年収が多かったら過労死してもよいのですか。
② 証券マンや研究職など,職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する人に限られますよ
証券マンや研究職が高度な職業能力があるのは分かりますが,過労死してよいのですか。証券マンや研究職の職務の範囲は明確ではないでしょう。証券マンや研究職で,過労死した人はたくさんいます。
③ 健康管理時間,長時間労働防止措置,面接指導を強化しますよ
残業代のための労働時間管理を免ぜられた会社がいちいち労働者の健康のために労働時間を管理するのでしょうか。
④ 対象労働者の同意がいりますよ
会社と力関係が対等でない労働者の同意を必要としても,ほとんど意味がないでしょう。
⑤ 労使委員会決議が必要ですよ
労使委員会は会社内で組織されるのですから,長時間労働抑止につながりません。
⑥ 長時間労働防止策や健康福祉確保措置について報告し,その書類を保存しますよ
過労死が生じたときの会社のアリバイになるだけでしょう。
⑦ 年少者には適用しませんよ
年少者とは何歳までなんでしょう。また,高齢者の労働者はいくら働かせてもよいのでしょうか。
5 成果主義は万能か
長時間労働を防ぐためには,時間外労働を少なくし時間外労働には割増賃金を支払うことが何よりの対策です。
これに対して,現行の時間外労働制度では,仕事が早い人が定時で切り上げて仕事が遅い人が残業して仕事の早い人よりも多くの給料をもらうのはおかしいのではないか,仕事の成果に応じて給料をもらったほうが公平なのではないかといった批判もあろうかと思います。
しかしながら,まず,さきほども述べたように,法案は,成果主義を規定したものではありませんから,この批判はあたりません。先ほどの例で言えば,仕事が早い人遅い人も2人仲良く残業代は出ないというのを規定するだけなので,問題の根本は解決しません。
また,そもそも,成果主義は万能なのでしょうか。仕事の成果といってもどのように評価するのでしょうか。たとえば,営業職にある労働者であれば,仕事の成果とは売上げであって一目瞭然だと思われるかも知れません。しかし,売上げがある一方でアフターケアが悪くクレームを入れられて会社に迷惑をかけたり,売上げを伸ばすために無理な値引きをして会社の利益を実質的に損ねることも考えられます。そのような場合,仕事の成果をどのように判断すればよいでしょうか。
また,仕事がチームワークによる場合,仕事の成果はどのように判断するのでしょうか。かつて太閤豊臣秀吉が城の普請で行ったように,チームごとで給与の評価をするのでしょうか。
さらに,会社の中で,仕事それ自体はそれほどできないが,その場を和ませることのできる労働者や問題が起こったときの対処ができる労働者については,どのように評価するのでしょうか。いずれの労働者も個人的な仕事の成果はあがっていないように見えます。
さて,仕事の成果の評価は難しいという例をたくさん挙げてきましたが,実は,仕事の成果を判断する一見極めて明白な基準があります。それは「労働時間」です。労働時間を給与の基準とするのは,一見,不公平に見えますが,極めて公平です。
6 法案は廃案に
脱線しましたが,このように法案は成果主義を目指すものでなく,むしろ時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外することにより超過労働の恐れがあるものです。時間外労働については,現行法上でも裁量労働制や管理監督者の規定があり,さらに例外を規定する必要はありません。法案は廃案にすべきです。