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 生活保護引き下げをめぐる訴訟2 大阪地裁判決を受けて(2021.4.30 森岡 佑貴会員)

 

第1 生活保護引き下げをめぐる訴訟

 コラム48でも触れた岡山地方裁判所でも訴訟係属している2013年から2015年まで3年にかけて行われた生活保護の引き下げ(以下、「本件引き下げ」という)をめぐる問題について、令和3年2月22日、大阪地方裁判所が令和2年6月25日の名古屋地方裁判所での判決(以下、「名古屋判決」という)に続く2番目の判決を言い渡した(以下、「大阪判決」という)。

 大阪判決は、大阪府在住の原告らに対して出された生活保護費の変更決定処分をいずれも取り消すというものであり、処分の取り消しを認めなかった名古屋判決とは大きく異なり、きわめて画期的な判決であった。

 

第2 大阪判決の概要

 1 判断枠組み

 大阪判決は、本件引き下げの違法性を判断するに当たって、判断枠組みについて以下のように説示した。

 

 基準生活費の減額をその内容に含む保護基準の改定は、①当該改定後の生活扶助基準の内容が被保護者の健康で文化的な生活水準を維持するに足りるものであるとした厚生労働大臣の判断に、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合、あるいは②基準生活費の減額に際し激変緩和措置等の措置を採るか否かについての方針及びこれを採る場合において現に選択した措置が相当であるとした同大臣の判断に、被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合に、法3条、8条2項の規定に違反し、違法となるというべきである。

 そして、保護基準の改定の前提となる最低限度の生活の需要に係る評価が前記のような専門技術的な考察に基づいた政策的判断であることや、基準生活費の額等についてはそれでも各種の統計や専門家の作成した資料等に基づいて生活扶助基準と一般国民の消費実態との比較検討がされてきた経緯等に鑑みると、厚生労働大臣の上記①の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては、主として保護基準の改定に至る判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべきものと解される。

 

2 裁量の逸脱濫用を認定した箇所

(1) 物価指数を比較する年の選択について

 上記判断枠組みを踏まえて、大阪判決は、以下のとおり、物価指数を比較する年の選択について厚生労働大臣の裁量権行使の判断の過程及び手続に過誤、欠落があると認めた。

 「デフレ調整は、平成20年から平成23年までの物価の下落を生活扶助基準の改定に反映させるものである。」、「平成20年は、世界的な原油価格や穀物価格の高騰を受けて、石油製品を始め、多くの食料品目の物価が上昇したことにより、消費者物価指数(総合指数)が11年ぶりに1%を超える上昇となった年であり、平成20年からの物価の下落を考慮するならば、同年における特異な物価上昇が織り込まれて物価の下落率が大きくなることは、本件改定が始まった平成25年には明らかであった。」「デフレ調整は、平成20年からの物価の下落を考慮した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くものというべき」と判断した。

(2) 改定率の設定について

 「デフレ調整は、総務省が作成し公表している消費者物価指数ではなく、これを基に厚生労働省が独自に算定した生活扶助相当CPIによって物価の変化率を出しており、前者であれば、変化率が-2.35%であるところ、変化率を-4.78%として生活扶助基準額を改定している。」、「上記のような変化率を用いて生活扶助基準を改定するという判断は・・・最低限度の生活を営むのに要する費用の減少割合が一般的世帯の消費支出の減少割合よりも大きいことを前提とするものというべきであるが、本件全証拠によっても、これを裏付ける統計や専門家の作成した資料等があるという事実はうかがわれない。」、「生活扶助相当CPIの下落率が消費者物価指数のそれよりも著しく大きくなった要因としては、被保護者世帯においては一般的世帯よりも支出の割合が相当低いことがうかがわれる教養娯楽に属する品目についての物価下落の影響が増幅されたことが重要であるものと考えられる。」、「以上の次第であるから、デフレ調整は、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くものというべき」であるとした。

(3) 結論部分

 「以上によれば、本件改定後の生活扶助基準の内容が被保護者の健康で文化的な生活水準を維持するものであるとした厚生労働大臣の判断には、その余の点について判断するまでもなく、平成20年からの物価の下落を考慮し、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いており、したがって、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤、欠落があり、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるから、本件改定は、法3条、8条2項に違反し、違法である。」と結論付けた。

 

第3 大阪判決の評価

 本判決は、かつて岡山の地で療養していた朝日茂さんの保護費をめぐる朝日訴訟の第一審判決以来60年ぶりの、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(憲法25条)を具体的に保障する歴史的な勝訴判決である。

 生活保護制度は、国民にとって、最後のセーフティネットであり、他の多数の制度や施策と法律上も事実上も連動し、ナショナルミニマム(国民的最低限)として市民生活全般に重大な影響を及ぼしている。特に、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長期化している今、改めて、セーフティネットたる生活保護の重要性が見直されている。

 本判決は、このような状況下において、国に忖度することなく、司法のもつ少数者の人権の擁護という使命を果たした点で大いに評価できる。

 

第4 大阪判決の課題

 もっとも、大阪判決は、原告らが本件改定により、「健康で文化的な最低限度の生活」に満たない生活水準を強いられ、甚大な精神的苦痛を被ったとする国家賠償法1条に基づく主張については、本件改定が取り消されたことにより、本件改定により減額された生活扶助の額に相当する額の支給を受けることになること、本判決において本件改定が違法であると判断されることによって原告らの精神的損害も回復されることなどから請求を認めなかった。

 

第5 大阪判決を受けて

 本判決は、コラム48でも紹介した老齢加算廃止最高裁判決の判断枠組みに沿って、原告らの生活実態と真摯に向き合い、きわめて常識的で説得的な判断を下した判決である。

 国については本判決を真摯に受け止め、本件引き下げの問題点であったデフレ調整について見直し、国民感情や財政事情に左右されることなく、健康で文化的な最低限度の生活を保障することを求める。

 なお,大阪市を始めとする被告らは控訴し,事件は大阪高等裁判所に移っている。

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